![ことり](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/05/image-e1590544504782.png?resize=96%2C96&ssl=1)
ことり
災いをもたらすものとして、触れてはいけないものの例えで
「パンドラの箱を開けてしまった」などと言われます
もともとは、どういうお話なのでしょうか
ギリシャ神話で出てくる「パンドラ の箱」のお話
ことの発端は人間を創造したといわれる男神から・・
![男神 プロメーテウス](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/15ed450d0dbc6f0f9d9f65949fb8253a.jpg?resize=512%2C384&ssl=1)
人類と神々双方を支配する神々の王ゼウスが怒った! 次の行動は・・・
なんたる事だ!
![](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/zeus_he.png?resize=500%2C380&ssl=1)
ヘーパイストスは、泥から「女性 パンドーラー」を作ります
![炎と鍛冶の神ヘーパイストス](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/6ab61bd5d671afe68287b04f4e8898f3.png?resize=500%2C380&ssl=1)
泥から作られた「女性」は、神々からあらゆるものを与えられました
![パンドーラは泥から作られ、あらゆるものを与えられた](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/pandora_0.jpg?resize=1024%2C768&ssl=1)
神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めて箱を持たせ・・
![](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/pandora_box-1.png?resize=500%2C380&ssl=1)
彼女をプロメーテウスの弟であるエピメーテウスの元へ送り込みます
![兄の忠告を聞かずパンドーラと結婚するエピメーテウス](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/epimethieus.png?resize=500%2C380&ssl=1)
ある日パンドーラーは好奇心に負けて箱を開けてしまいます
![](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/pandora_box-2.png?resize=585%2C375&ssl=1)
すると、そこから様々な災いが飛び出し・・・
![不和、争い、疫病、悲観、欠乏が飛び出しました](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/disaster.png?resize=500%2C380&ssl=1)
パンドーラーはその時・・
エルピス(希望)を箱に残したまま、フタを閉めてしまいました💦
![](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/07/pandora_1-e1593568468112.jpg?resize=96%2C96&ssl=1)
パンドーラー(日本ではパンドラと言われる)は、神々によって作られた人類最初の女性です
◆ パンドーラーの箱について触れられている最古の書物(ヘーシオドスの著書)では、箱ではなくピトス(ツボ)と記されています
◆ 最初の女性であるパンドーラーが人類に災厄をもたらしたという神話が作られたのは、著者ヘーシオドスが徹底した女嫌いだったためとされます
出典 : ウイキペディア
パンドーラーの箱 まとめ
神話にあるように「開けてはいけないもの」、「禍いをもたらすために触れてはいけないもの」を意味する慣用句として「パンドラの箱」という言葉が使われています
![ことり](https://i0.wp.com/www.cosampo.com/wp-content/uploads/2020/05/image-e1590544504782.png?resize=96%2C96&ssl=1)
ことり
このお話、一体誰が悪いのでしょうね
箱の中に残ったエルピスは、希望や期待、予兆という意味です
諸説あるようですが、数多くの災厄が起きても、人間は希望を失わずに生きることが出来るという意味だともいわれています
皆様はどのように解釈されますか?
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